IPUT電子工学研究会による様々な研究結果をおいておくところ


陰極の設計


ここでは、主に純タングステン直熱陰極の設計について解説します。

熱電子放出電流の決定


熱電子放出電流は陰極から単位面積あたりに放射される電流の密度で、 A/cm2 の単位で表されます。
これは陰極表面の温度と仕事関数により決まり、以下に示すリチャードソンの式により求めることができます。

J = (4πemk2/h3)T2exp-φ/kT

ここで、
J は熱電子放出電流 [A/m2 ]
e は電子の電荷 −1.602176634*10-19 [C]
m は電子の質量 9.1093837015*10-31 [kg]
k はボルツマン定数 1.380658 *10-23 [J/K]
T は絶対温度 [K]
φ は仕事関数 [J]
A はリチャードソン定数 1.20173*106 [A/m2K2]

タングステンの仕事関数 φ は一般的には 4.2 ~ 4.5 eV ( 6.7291*10-19 ~ 7.2098*10-19 J ) の範囲で安定しています。
よって、熱電子放出電流は陰極の温度が高いほど大きくなります。

陰極に流れる電流はこの熱電子放出電流により制限されます。
例えば陰極の表面積が 0.01cm2 で、熱電子放出電流が 2A/cm2 の時の電流は、

0.01 [cm2] * 2 [A/cm2] = 0.02 [A] = 20 [mA]

となり、最大で 20 mA 流せるということになりますが、逆にいうとこれ以上電流を流そうとしても流れないのです。

陰極表面積に熱電子放出電流を掛けたこの値を飽和電流と呼びますが、陰極の温度によって変化することから陰極温度制限電流とも呼ばれます。
二極管の陽極電圧をどんどん上げていって飽和電流以上の電流を流そうとすると、ある点で真空管は定電流特性を持つようになり、
飽和電流以上の電流は流れません。この定電流特性を持つ範囲を飽和領域といいます。

陰極の設計のためには、まず陰極に流す最大電流と、陰極表面積を決定しなければなりません。

例として、最大陰極電流 50 mA ( 0.05 A ) 、フィラメント長 3 cm 、フィラメント直径 0.1 mm ( 0.01 cm ) の陰極の熱電子放出電流を計算すると、

0.05 [A] / ( π * 3 [cm] * 0.01 [cm] ) ≒ 0.53 [A/cm2]

となります。
最大陰極電流のマージン

三極管を飽和領域で動作させるともはや増幅を行わなくなり、入力信号がその範囲に入ると出力に歪みを生じるので、
飽和電流には十分に余裕を持たせておく必要があります。(逆に飽和領域で動作させる特殊な真空管もありますが、ここでは割愛します)
ただ、飽和電流を大きくすると陰極温度が高くなり、結果として真空管の寿命が短くなったり全体の温度が高くなるので、
その場合は陰極面積をさらに広げて陰極温度を下げる必要が出てきます。

加熱電力の計算


熱電子放出電流とフィラメントの温度・電圧・電流は以下の表の関係を持つ。

クリックで表を展開


熱電子放出電流 Jk はあらかじめ円周率を乗じてあるため、純粋に面積で計算する場合は除算しなければならない。
値の後に /π を記述してあるのはそれを意味している。


フィラメント直径を d [cm] 、フィラメントの長さを l [cm] としたとき、各種の値の計算方法は以下のようになっている。
求める値
最大陰極電流 Is [A]Is = Jk' * d * l
フィラメント電圧 Vf [V]Vf = ( Vf' * l ) / d1/2
フィラメント電流 If [A]If = If' * d3/2
計算例

最大陰極電流 Is を 15 mA ( 0.015A ) 、フィラメント長 4.2 cm 、フィラメント直径 0.1 mm ( 0.01 cm ) の陰極の熱電子放出電流を計算する。

0.015 / ( 4.2 * 0.01 ) ≒ 0.357 [A/cm2]

表の熱電子放出電流 Jk の列を見ると、値が 0.357 [A/cm2] に一番近いのは陰極温度 T が 2400 [K] の時である。
陰極温度 T [K]熱電子放出電流 Jk' [A/cm2]フィラメント電圧 Vf' [V/cm1/2]フィラメント電流 If' [A/cm3/2]
24000.364/π127.51422

これらの値を式に代入すると、フィラメント電圧 Vf [V] およびフィラメント電流 If [A] はそれぞれ

Vf = ( Vf'*10-3 * l ) / d1/2 = ( 0.1275 * 4.2 ) / 0.01d1/2 = 5.355 [V]

If = If' * d3/2 = 1422 * 0.013/2 = 1.422 [A]

となり、四捨五入するとフィラメント定格は 5.4 V, 1.4 A となる。
よって、加熱電力 Pf [W] は

5.4 * 1.4 ≒ 7.6 [W]

となる。

陽極の設計


陰極から放射された電子を受け止める役割を持つのは陽極で、二極管や三極管では電子を加速するための電界を形成する主要な電極となっている。
一般的な真空管では、陽極電流 Ip は陽極電圧 Vp の 3/2 乗に比例する。(3/2 乗というのは3乗の2乗根ということで、具体的には x3/2 = √(x3) ということ。)
これをラングミュアの法則といい、次の式で表される。

Ip = GEp3/2

G は陽極有効面積 A に比例し、陰極と陽極の距離 d の2乗に反比例する比例定数で、パービアンスといい、次の式で表される。

G = 2.33 * 10-6 * A / d2

陽極損失


陰極から放射された電子は電界により加速されてから陽極に衝突するが、そのさい陽極は電子が持っていた運動エネルギーにより温度が上昇する。
これを陽極損失といい、陽極電流と陽極電圧の積で求められる。
たとえば、陽極電流を 10mA 、陽極電圧を 200V とすると、陽極損失は 2W となる。

陽極損失を十分に排熱できないと陽極の温度は上昇し続け、真空不良の原因となったり、時には陽極が蒸発したり溶融することさえある。
真空管の陽極は一般的に真空中に置かれており、外部へ排熱する手段は電極からの輻射によるものが主で、他には導入線への熱伝導がある。

単位面積当たりの陽極の許容損失は陽極の素材や形状により変わる。陽極の排熱手段は輻射によるものが主ということは、
陽極表面の放射率が高く、また面積が大きいほど許容損失が増えるということである。

たとえば、純ニッケルは 1 cm2 あたり 1 W ほどの許容損失を持つ。
表面を炭化したニッケルはその数倍の許容損失を持つ。

ニッケル製の陽極を表面炭化するには、空気中で加熱して表面に酸化物をつくったのち、
ベンジン等の炭化水素の蒸気を充填した耐熱ガラス製の容器の中に入れて誘導加熱し、炭化水素を分解反応させれば炭化される。
最大陽極損失の計算例

たとえば、最大陰極電流を 15 mA 、最大陽極電圧を 300 V とする真空管の最大陽極損失は

0.015 [A] * 300 [V] = 4.5 [W]

となる。陽極材料に純ニッケルを使うとすると、許容損失は 1 [W/cm2] ほどなので、
マージンを 1.5 倍ほど取ると、陽極面積は

( 4.5 [W] * 1.5 ) / 1 [W/cm2] = 6.75 [cm2]

となる。陽極を円筒形として、直径を 1 cm とすれば、陽極の高さは約 2.2 cm 必要である。

三極管

三極管のパービアンス


三極管では陽極と陰極に加えてグリッド(格子)がある。このためパービアンスの計算にグリッドも入れないといけない。
陽極有効面積を A 、陽極と陰極の距離を dp 、 陰極とグリッドの距離を dg とすると、パービアンス G は次の式で表される。

G = 2.33 * 10-6 * A / dp * dg

また、陽極電流はグリッド電圧と陽極電圧によって変わるので、三極管でのラングミュアの法則は陽極電圧 Ep の代わりに集成電圧 Es を用いる。
グリッド電圧を Eg 、増幅率を μ とすると、Es は次の式で表される。

Es = ( Ep + μEg ) / ( 1 + μ )

相互コンダクタンスを大きくするには、グリッドとカソードの距離を狭め、プレート面積を大きくしないといけない。
直熱管はフィラメントの直径が小さいためグリッドカソード間距離に限界があり、組み立ても困難になる。
なので直熱管はプレート面積を大きくする方に行った方が楽ではあるが、真空管の形が大きくなって加熱電力も大きくなる。

傍熱管はカソード直径が大きくできて剛性も高いからグリッドカソード間距離を極めて小さくできる。
そのうえ、断面を長方形にすればカソード面積も非常に広く取れるので小型で高相互コンダクタンスの真空管を作れる。
この場合はグリッドの巻線径とピッチが非常に小さくなるので、ある程度までいくとフレームグリッドなど特別の構造を要し、
グリッドの製造と組み立ての困難が限界となる。

グリッドと増幅率


三極管のグリッドは陽極電流を制御する電極で、一定間隔で細い線が張られた形状をしている。
増幅率 μ はグリッドと陰極の静電容量 Cgk と陽極と陰極の静電容量 Cpk の比であり、

μ = Cgk / Cpk

ということである。具体的には、μは
  • 陽極-グリッド間距離 Xpg に比例する
  • グリッド線の半径 rg に比例する
  • グリッドのピッチ p の2乗に反比例する

という関係を持つ。寸法からμを導くのは困難であるが、概ね次の式で計算できる。

μ = ( 50 * Xpg * rg + 0.01 ) / p2

真空管の設計の際はグリッドの直径や線径を一定とし、ピッチを微調整することでμを目標の値に近づけていく。
そこで、この式を変形してピッチを計算すると、次の式が得られる。

p = √( ( 50 * Xpg * rg + 0.01 ) / μ )

μはグリッド電圧によって変動することがある。これはグリッドのピッチが均一でないことが原因で、
μの異なる複数の真空管が並列接続されたことと等価となるためである。
ただし、直熱管の場合はフィラメント電圧の分布によって同じような効果を呈する。
逆にわざとピッチを連続的に変えて作ったグリッドを使うことで、グリッドバイアス電圧によって増幅率を可変できるようにした可変増幅率管(バリμ管)がある。
五極管ではこれをリモートカットオフといい、そうでないものはシャープカットオフという。

材料選定


真空管の内部に用いられる材料に対する要求は、真空度の維持や絶縁の維持、耐熱性などの観点から厳しいものとなる。
他にも、加工性や溶接性なども良くなければならないし、ガラスと封着される部分はその熱膨張係数が問題となる。

真空管に用いることのできない材料は、真空中にて長期にわたりガスを放出し続けるものや、真空管の動作温度において容易に蒸発するか溶融するものなどである。
例えば、有機物は動作温度においては真空中で分解しガスを放出するため、プラスチックは使えない。
他にも、亜鉛を含む合金(真鍮など)は動作温度において亜鉛が蒸発し、ステムなどに蒸着して絶縁不良を起こしてしまう。

ニッケル


ニッケルは融点が1455℃と高く、蒸気圧も低くガス放出も少ない上、加工性も溶接性も極めて良いので真空管の電極に広く利用されている。
電極材料として非常に適した金属であるが、欠点は高価なことである。他の金属にメッキして用いられることもある。
ガラスと気密に封じることはできないが、ガラスと封じるとその部分が発泡して安全に固定することができるため、内部導入線にも用いられる。
また、酸化物陰極の場合はフィラメントやカソードスリーブとして用いられる。
ニッケルメッキは硫酸ニッケルもしくは酢酸ニッケルの水溶液などで電解メッキする。
日本には純ニッケルを生産できる鉱山がないので、第二次世界大戦中は純鉄にニッケルメッキをして代用するなどしていた。

純鉄


純鉄はニッケルと同様に融点が1538℃と高く、溶接性や加工性もそれなりに良いが、ガス放出がニッケルの100倍ほどあるため使用が大変である。
しばしばニッケルメッキして用いられるが、炭素含有量が多いとニッケルメッキが剥離する。

タングステン


タングステンは3422℃と純金属中では最高の融点を持つ金属であるが、酸化されるため大気中ではそのような温度にはできない。細い線はフィラメントに使われる。

イオン衝撃によく耐えて真空度の劣化にも強いため、酸化物陰極やトリウムタングステン陰極が使えない場面、例えば超高圧整流管やX線管、送信管のフィラメントとして用いられる。
簡単に作れる陰極であるが、2000℃くらいでないとまともに電子が飛ばないので効率が悪く、発熱も著しい。タングステンフィラメントをガラス管壁に近づけて使うと熱でガラスが溶けてしまう。
細い線はスポット溶接を使えばニッケルと溶接できるが、実際にはニッケルが溶けてタングステンがそれに埋まっているような状態なので、カシメを併用した方が安全である。
硬質ガラスの導入線としても用いられる。この際の封着温度は1100度以上となる。

デュメット線


デュメット線は42%の鉄と58%のニッケルでできた合金線に銅を被覆してホウ砂を焼き付けたもので、軟質ガラスに気密に封じることができるので導入線に用いられる。
表面のホウ砂は封着の際に過度の酸化を防ぐ。封着温度は750~800度が最適で、高すぎると銅の被覆が溶けて剥離する。ガラスに封じたのち室温まで冷却すると、
黒色から徐々に変化してルビーレッドから緋色、または金色を呈する。金色は封着温度が高めの場合に出る。黒色のままの場合は加熱が足りないためで、不良になる恐れがある。
表面のホウ砂層のせいで半田の濡れ性は極めて悪い。溶接時もホウ砂層があると溶接できないので、これをヤスリなどで取り除かないといけない。
通常は5mm程度に切ったデュメット線の両端に内部導入線としてニッケル線を、外部導入線として銅線や亜鉛メッキ鉄線を溶接して使う。直径0.8mm以上のものは封着が困難である。

ガラス


ガラスは真空管の容器やステム、排気管や絶縁支持体などに用いられる。
軟質、硬質などの種類があるが、これらの違いは細工するときの温度や熱膨張率などで、
軟質ガラスはガスに空気を吹き込んで細工できるが、硬質ガラスはガスに酸素を吹き込まなければならない。

ガラスに金属線を封じる時、金属の熱膨張係数がガラスより大きい場合は軸方向に亀裂が入る。
逆に金属の熱膨張係数がガラスより小さい場合はガラスと剥離して発見の難しいリークになる。
ガラスと膨張係数の合わない金属を封じる際は、ガラスとの接触角を大きくしなければならない。
つまり、ガラスとよく濡れてはならない。

マイカ


雲母。薄く剥がれる性質がある絶縁体で、通常薄い板にしてそれに穴を開け、電極を差し込んで絶縁支持するのに用いられる。
穴を開けるには焼き入れした炭素鋼で作った型にはめてパンチで打ち抜いて行う。
この際の型の精度はティッシュのような紙を綺麗に打ち抜けるほど良くなければならないと言われる。

表面に酸化マグネシウムを塗布すると表面が粗化され、金属の蒸着による絶縁不良に対して強くなる。
550~600℃まで加熱すると結晶水を失って際限なくガスを出し、脆くなって絶縁性も低下する。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

メニュー

メンバーのみ編集できます